2000年4月16日

文化的背景を語るために―安岡孝一・安岡素子『文字コードの世界』に寄せて―


池田証寿/shikeda@Lit.Let.hokudai.ac.jp

  目 次
  1. 『文字コードの世界』の刊行とその反響
  2. 池田の個人的な事情
  3. 安岡本の「おわりに」の記述
  4. 文化的背景を語るための条件
  5. 『文字コードの世界』のデザイン
  6. epsfkanji.sty
  7. 本文レイアウトとデザイン
  8. (付)三美印刷の仕事

1. 『文字コードの世界』の刊行とその反響

1999年9月、東京電機大学出版局から、安岡御夫妻の『文字コードの世界』が刊行された。すでに、武田雅哉、小林龍生、星野聰、廣瀬克哉の諸氏によって的確な書評が出されている。(小林、星野両氏のものは前田年昭氏の御教示による。)

しかしそれらは印刷媒体に掲載されたものであり、Web上での紹介は、内田明の斜読みノート厳選・文字コードに関する情報源で簡単に言及されているのが目に入るぐらいであった。ということで、以下、私の関心を中心にして『文字コードの世界』の紹介文を書いてみようと思う。

2. 池田の個人的な事情

ところで、話は全然違うのだが、「池田証寿のページ」は、今年になってから、「新着情報」に若干の記載をする程度にしか面倒を見てこなかった。新年早々インフルエンザにやられて体調を崩してしまったせいなのだが、何とか繁忙期を乗り切ったので、ページの更新を再開しようという次第である。

それから最近、「「対応分析結果」のことなど」という駄文を書き、加藤弘一氏の『電脳社会の日本語』(文春新書)に言及した。これは「対応分析結果」というJIS漢字研究史において極めて重要な資料の価値が正確に記述されていないことをきっかけとするものである。しかし、同じコウイチ氏だからというのでもないが、『電脳社会の日本語』に言及したのに、『文字コードの世界』に言及しないというのは、JIS漢字をテーマとする「池田証寿のページ」としては少々バランスが悪い。そこで安岡御夫妻の『文字コードの世界』を取り上げることとした。(もちろん、小池和夫氏他の『漢字問題と文字コード』(太田出版)もだが、これは別の機会に。)

3. 安岡本の「おわりに」の記述

本題に戻る。『文字コードの世界』の「おわりに」には次のように述べられている。

各国の文字コードは
コンピュータ上での約束事であると同時に
それぞれの文化的背景を投影している

そして「まだまだ文化的背景を語るための資料としては不十分だが、まずはこれを第一歩としたい」ということばで「おわりに」を締めくくっている。

さて、上に引用した文を読むと、「文化的背景を語る」と言いながら、ぜんぜんそれが無いじゃないか、「第一歩としたい」というけれどぜんぜん歩みだしていないんじゃないか、と思わず言ってしまいたくなる。

もちろん、「各国の文字コードはコンピュータ上での約束事である」という点は、教科書的に簡潔な記述だが、しっかり書かれている。それだけに「文化的背景を投影している」ことをなぜ語らないのか、ということが素朴な疑問として残るのだ。

たぶん、こういう疑問を抱くような書き方を、わざとしているのである。誤読を誘う書き方ということだ。じゃあ、なぜそういう書き方をするのか。

実を言えば、

「文字コードは文化的背景を投影している」→「じゃその文化的背景を語りましょう」

という具合にやろうと思えばやれるだけの材料を安岡御夫妻はお持ちである。

たとえば「漢字袋」に掲載された関連発表文献のリストには数多くの題目が並んでおり、それらを編集して一冊に仕上げるのはさほどの難事とは思えない。

4. 文化的背景を語るための条件

さて、「文化的背景を語」らない理由をめぐって、長く引っ張りすぎたかもしれない。単刀直入に私の見方を述べよう。つまり、

「文字コードは文化的背景を投影している」→「文化的背景を語るための条件を確保する必要がある」

ということである。

「文化的背景を語るための条件を確保する必要がある」というのをもっと具体的に書けば、「文化的背景を語るに必要な文字を自由自在に表現した書物を出版する」ということなのだ。

『文字コードの世界』は、符号化方法を解説し、文字表を並べただけじゃないか、と見るのは、「ディープな世界」にほど遠い。

世界の文字を自由自在に印刷する、というのだと「ディープな世界」の入り口くらいかな。

まっとうな書物の体裁・内容でもって出版して、「ディープな世界」の中程というところだろう。

5. 『文字コードの世界』のデザイン

『文字コードの世界』の奥付には次のように見える。

デザイン 鈴木一誌・鈴木朋子
企画協力 前田年昭
印 刷  三美印刷(株)
LaTeX組版…安岡孝一 + 松崎修二

なんと、鈴木一誌氏のデザインを、LaTeX で組版するという、とんでもないことをやっているのである。

LaTeX 組版の、こりにこった研究会用のプリントはおなじみであり、それはすばらしいものである。その LaTeX 組版に鈴木一誌氏のデザインが合体したのである。あきれてものが言えないとはこのことである。よくやるなあ、とほとほと感心するばかり。(鈴木一誌氏をご存じないかたは、講談社出版文化賞ブックデザイン賞[第29回](平成10年度)や「『知恵蔵』裁判とは何だったのか―鈴木一誌氏に聞く―」をご覧いただければと思う。)

6. epsfkanji.sty

『文字コードの世界』では、 安岡孝一氏のお手になる epsfkanji.sty を用いているそうだ。epsfkanji.sty は私も愛用しており、これはとっても便利である。ただし、LaTeX が使えないとその便利さを感じることはできない。

epsfkanji.sty は、前後の字を見て、画像を一文字分の大きさに調整して貼り付けてくれる LaTeX 用のスタイルファイルである。画像は epsf 形式にしておく。コツを一つ二つ言えば、epsfkanji.sty で使うための画像は正方形にしておく必要がある。私はそれに気がつかず、二、三日潰したことがある。それから、縦書きで epsfkanji.sty を使うときは、rensuji コマンドに入れてやればよい。これもコツの一つである。

epsfkanji.styを使うと、研究会発表会用のプリントは簡単にできる。どんなに難しい字でも、デジカメでとって、正方形の epsf 形式にしてやれば、さほどの手間ではない。(もちろん、ちゃんとした書物として出版しようとすれば、図版転載の許諾が必要になることもある。)

しかし、である。研究発表会用のプリントをそのまま版下にしたのでは、まっとうな書物としての満足にはほど遠い。やっぱり、ちゃんとしたデザインで、ということになるのだ。

ところが、である。epsfkanji.sty を使って、それなりに満足する原稿を作り、出版社に渡しても、出てくる初稿を見ると、どうもかえって汚いレイアウトになっているような印象を持つことがある。(ここで「印象」というのは婉曲表現である。)

つまり、安岡御夫妻『文字コードの世界』は、著者側の納得する本文レイアウトに、見栄えのするデザインが加わったものなのである。この地点にまで到達したのは、とてもすばらしい。

7. 本文レイアウトとデザイン

私の場合、漢字の字体をあれこれ挙げて、その相違点を述べることが多いのだが、一般の学術雑誌などでは、そうした論考を著者の思うような体裁で掲載してもらえる可能性は低いのである。フロッピーで入稿可だとしても、LaTeX で組んだ情報は使ってもらえない。漢字用例など、あらかじめほどよい大きさの原稿を作っても、出版社の都合で適当な大きさに変えられてしまう。

文字コード問題は、理系と文系の両方の知識を必要とするとされるが、文字コードを通して、その文化的背景を語るためには、その前提として、著者の思う通りの本文レイアウトが実現できること、さらに文化を語るにふさわしい、美しいデザインが施されていること、という二つの条件を最低限、満たす必要がある。安岡御夫妻の『文字コードの世界』はそれを見事に達成しているのである。

8. (付)三美印刷の仕事

『文字コードの世界』の印刷は三美印刷が担当している。三美印刷が LaTeX 組版による印刷した書籍としては、『明恵上人資料第四 高山寺資料叢書第十九冊』(東京大学出版会、平成10年1月)がある。これは築島裕氏を団長とする高山寺典籍文書綜合調査団の編になる学術書である。古典籍の翻刻では、縦組みに加えて、返点、ヲコト点、左右訓、二行割注などの表現が必要であるが、それには、団員の金水敏氏の開発された、訓点資料用スタイルファイル kunten2e.sty を用いている。その開発の経緯については、金水氏の「TeX のページ」「『高山寺資料叢書 第十八冊』について」で紹介されているので、興味のある方は参照されたい。


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