(2001年5月21日追記。JIS漢字関係の 雑文も参照。)

信州松本でのJIS漢字

池田 証寿(北海道大学文学部言語情報学講座) /1998年2月1日

目次

  1. はじめに
  2. 地名字の調査
  3. JIS外字の調査
  4. JIS誤字
  5. 「JIS漢字批判」を考える
  6. 人名の漢字
  7. 『JIS漢字字典』の批評
  8. その他
  9. 終わりに

はじめに

これは、昨年十二月の一日から五日にかけて 信州大学人文学部(長野県松本市旭3丁目1番1号) で行った「日本語学特論」の 提出レポートに対する私の批評である。

信州大学人文学部は池田の前任校であり、1988年10月から 1998年7月まで勤務し、国語学を担当した。

それはともかく、この集中講義で 取り上げたテーマは、JIS漢字である。 テキストには、芝野耕司編著『JIS漢字字典』(日本規格協会、1997年11月) を用いた。この本は、池田も編集協力したのであるが、 JIS漢字の規格票であるJIS X 0208:1997がほぼそのままが収められている。

JIS漢字のはらむ問題は多岐に渡るが、この講義では 国語学的な観点から見た問題を考えた。 問題は、字体のゆれの許容範囲、 漢字の典拠、の二つ絞られた。

地名字の調査

冬休みの帰省を利用し、 JISに特有の地名字を調査したレポートがいくつかあり、 面白いものが多かった。以下、区点番号順に述べる。たとえば、 逗は31区64点を[31-64]のように 漢字の後に[]内に区点位置を示した。

逗[31-64]---表記の混用---

岡部千寿さん「JIS漢字が産んだ問題について」は、逗子市での 現状を報告し、広報誌を参考資料として付けてくれた。

逗[31-64]

岡部さんの報告を次に引用しよう。

 そもそも逗子市において地名表記が混乱したのは、78JISにおいて第一水準と されていた「■」(二点しんにょう)の「逗」を83JISの改訂で「▲」 (一点しんにょう)といれかえたためである。逗子市役所おいては 短時間の質問しか出来なかったが、やはり現状では混用せざるをえないという。 しかし混用とはいっても明らかに「逗」(二点)の方が少ない気がする。 確認のため、自分の免許証の戸籍の住所や市役所で発行している公報に 目を通したが、全て「逗」(一点)である。唯一発見したのが逗子市役所の 建物に大々的に書いてある“逗子市役所”という文字だけだった。私自身、 逗子市の正称に「逗(二点)」を用いることを今回のことで初めて 知ったのである。もちろん、市役所内においては「二点 」を優先させるが、「一点」の「逗」も認めざるをえないという。なぜなら コンピュータを使って書類を作成する時、いわゆる「外字」を 必要とするからである。全てのコンピュータに適用してはどうか、 とも考えたが、そうするとそれに要する手間と費用が莫大なものに なるという。そのため、例えば百台のコンピュータがあったなら、 そのうち五台は「逗」(二点)のものがでてくるようにしている、 という感じなのだそうだ。広報などには「逗」(一点)を用い、 県などへの提出書類には全て「逗」(二点)を用いているらしい。市民からの 疑問も多く、疑問を受けた時には「逗」(二点)を使うことを勧めているが、 実際市民の提出書が「逗」(一点)であっても、それは認めている そうである。今でも、一つの漢字に統一するべきではないか、という 検討がされてはいるが、それは漢字が混在していることへの疑問であって、 実害は特にないのだそうだ。しかし、このように混用されているにも 関わらず、この問題に関する資料は、全くないのだという。それに 疑問が残ったが、逗子市のようにはっきりと混用している事実が わかっているのに明確な資料がないことに不自然なあいまいさを 感じた。

逗子市の実体はこれでほぼ把握することができる。ただ、注文を付ければ、 市役所のどこで話を聞いたのか、その点についての情報が必要。 逗子市役所の大きな看板も写真があれば、より説得力が出る。

なお、レポートの原文では二点しんにょうと一点しんにょうとを区別して 書いてあるが、文脈で区別が付くであろうと判断し特に表示し分ける ことはしなかった。

岼[54-16]---表記のゆれ---

本田真弓さん「京都府北部におけるJIS漢字 地名 天田郡三和町川合村・福知山市」は、岼[54-16]を調査。 まず『三和町誌』を参考にして「岼(ユリ)」の由来を述べる。

岼のユリという語形は、ユレル(揺れる)ことからきており、 山地の小平坦地・海岸の平らかな砂地・風波で砂がゆすりあげられた 所・地層の隆起で大地がゆりあげられた所・阻伝いの細道などがあたり、 丹波地方の山の狭道の方言ともいわれる。

岼という地名は、いわゆる自然地名とよばれるもので、大地・自然の 状態や現象を表す原初的な名称である。

岼[54-16]その一

現地では旁の部分が「平」に作っていることを述べている。 この点について

現地で調査してみて、この表記に驚いた。 なぜこの表記にするのか疑問だったため現地の人にきて みようとしたのだが、出来なかった。

現地の人は、何をしにきたんだといわんばかりの目で見ていた。 それに負けてしまった。

とのことである。 最後の「それに負けてしまった」という表現に強い リアリティがある。

「平」の字体のゆれに関しては、JISの包摂規準に 言及する必要があろう。

また、どうしたら 岼について情報を聞き出せるか。切実な問題である。 やはり、岼という地名がたいへん珍しく 貴重であるということを説明し、 さりげなく、字体の違いについても伺うというところであろうか。 方言調査での聞き取り方法などが参考になる。

岼[54-16]その二

擶[58-17]---タカタマとタカダマ---

擶[58-17]その一

次は、以前に書いた私の駄文。

1997年10月、山形大学(山形市)で国語学会があり、 念願がかなって「高擶」へ行ってきました。これが JR高擶駅の切符です。

駅はJR天童駅の一つ手前で、 無人駅ですが、自動販売機があり購入できました。駅は高擶のはずれらしく、 駅から西の方へ行くとバス通りがあり、山形行きのバスが一時間に一回 くらい走っています。

付近には、郵便局、農協、小学校、幼稚園などがあり、かなり大きな 地区です。天童ワインの看板は見かけましたが、遠いのでそこまでは 行けませんでした。JRは「高擶」を「たかたま」と読んでいますが、 幼稚園の案内の看板には「たかだま」とあり、ゆれているようです。

国語学会の当日、笹原宏之さんにあって、JR高擶駅の切符を <自慢>したら、彼は、山形市内で「小鍄」(コガスカイ)を 探したが、発見は出来なかったとのことでした。 さすが「プロ」は目の付け所が違いますね。確実に入手できるところへ 行くのはやはり初心者です(もっと修行を積まねばなりません)。

擶[58-17]その二

擶[58-17]その三

擶[58-17]その四

写真では擶の月の部分にゆれがある点に注目。

椥[60-09]

田口公章さんの報告。

八坂神社や円山公園がある京都市東山区今熊野に「椥ノ森町」 がある。京阪本線・JR奈良線の東福寺駅に程近いところで、 東大路どおりに沿った所、泉湧寺の近くにある。なかなか地名を記した ものが見つからなかったが、 町内の案内と消火器置き場の写真を撮影してきた。

さらにもう一カ所、山科区椥辻にも足を延ばすことにした。 平成9年10月に開通した地下鉄東西線に椥辻駅があるため、そこの 写真を撮影し、切符のコピーを取ってきた。場所は、 京都市の南西、山科と醍醐の間である。

椥[60-09]

ちなみに岾[54-19]も調査しようとしたが 遭難しそうなのでやめたそうである。 そうとう険しい山のなかであることについては、『JIS漢字字典』 のコラム20「幻地名」でも触れている(同書427ページ参照)。 ただ、添付された地図には 「岾」でなく「帖」とある点に言及がないのは欠点。

粫[68-72]

井口幸恵さんは、事務へのレポート提出が間に合わなかった らしく別便で届いた。

それはともかく、内容はJIS幽霊字として非常に有名な 粫についてのもので、貴重な報告。提出が遅れても これだけの内容なら納得できる。

私は、JIS漢字の中で幽霊文字として扱われている粫という文字の 存在について調べてみた。これは、 福島県白河市大字本沼字粫(ウルチ)という地名で使われているものである。 しかし、現在では、この文字は糯と置き換えられているそうである。(略)

レポートには、「字粫(ウルチ)」とあったが、 『JIS漢字字典』316ページに掲載の 『国土行政区画総覧』を参照すると、「字粫田(ウルチダ)」が見える。 こちらの方が正確であろう。

結論からいうと粫の文字は確認できなかった。ウルチ という字名の場所さえなかったし、その場所を知っている 人もいなかった。しかし、本沼の支所と郷土資料館の 協力により、昭和24年頃の 本沼の字切図というものを見せて頂くことが出来た。(地図(1)) それに よると、確かにウルチダと言うらしき場所があったことがわかる。問題の 文字の方は、粫田ではなく糯田となっている。また読み方の方も ウルチダではなくモチダと読むそうである。

何を根拠に 「モチダ」と読んでいるのかについての情報がない点が残念(地図に 読みはなく、レポートの 文脈からすると現在はモチダと読んでいるということのようだが)。また、 地図は本沼の支所の所蔵なのか郷土資料館の所蔵なのか、これだけでは よく分からない。

白河市の資料だけでは足りないので、福島市の 県民文化センターへいってみた。ここには、昔の福島県内の 地籍帳や丈量帳が保存されているとのことである。 明治18年当時の地籍帳(資料(1))、丈量帳(資料(2))によると、 字名は糯田と記されており読み方もモチダであった。しかし、 私がちらりと眺めた「福島県の小字一覧」(昭和45年福島県刊) では、ウルチと読まれている。 この一覧は、明治15年の地籍帳、地籍図により作成 されたものである。

添付された資料(1)(2)を参照すると、確かに 「磐城國西白河郡田島村字本沼二十一番字糯田」(資料(1))とあり、 「糯田」が見える。 しかし残念ながら読み方は記されていない。 「読み方もモチダであった」とするが、その根拠がないのは 極めて残念。

結局のところ、井口さんは次のような結論に達した。

明治15年以前は糯はウルチと読まれていたが、 それ以降何らかの理由がありモチダと読まれるようになった。 残念ながらそれ以前の資料を手に入れることが できなかったので、変化の過程までは分からなかった。 又、粫の文字は明らかに誤って記載されたものだと思われる。

読みがウルチダからモチダへ変わったというのは恐らく その通りだろうが、その読みの根拠 が是非とも参照したい。

なお、「幻地名」については、『JIS漢字字典』のコラム20を参照。

逧[77-90]

中尾亜有美さんの岡山県の地名字、逧についての調査報告。

現地調査をするにあたり、勝田郡奈義町の岸本勝已さん、同郡勝央町豊久田 の瀧上榮治さん、滝上寿子さんに案内していただき、 またお話をうかがった。

1)小逧について

逧というのは、谷の中の集落という意味だそうだ。 小逧はその名の通り、山と山の間にはさまれた小さな集落 であった。車が一台通れるかどうか、という狭い道だ。 しかもそれがものすごい坂道なのである。その両側には ほんの数軒の家がたっていた。瀧上さんの お話によれば、この坂道はこれでも広くなったという。 昔はわずか三尺の幅しかなかったというから驚きだ。 一尺が約三十センチとして九十センチちょっとだったことになる。坂の 下から登りきったところまでを小逧とよぶそうで、 距離にすれば五十メートルぐらいだったか。 (以下省略)

この後も、逧を巡る地名の説明が続く。その表現の臨場感は 上の引用でも知られるようになかなかのものである。 上手い文章だと思った。

逧

郵便局での体験(1)

地名字の調査に関連して、郵便局でのアルバイトで気づいた 興味深い地名の報告もあった。それは、米澤菜穂子さんの 報告である。 たとえば県名の記載がなく、「平田町」と書いてある封筒があったとする (もちろん郵便番号の記載もない)。 この「平田町」の所在する都道部県はどこであろうか。 郵政省が出している『ポスタルガイト』を参照して、その 読み方を巡る問題を述べている。報告によると、 「平田町」を「ひらたちょう」と読むのが岐阜県と山形県に ある。これだけなら驚くほどのことではないのだが、 岐阜県からも山形県からも郵便物が届け先不明で戻ってきてしまう。 そこでよくよく目を凝らして『ポスタルガイド』を 調べてみると、なんと「平田町」と書いて 「なめだちょう」と読む町が静岡県にあるのだ。 この郵便物はこの静岡県の平田町在住の某氏宛のものだったというわけ。 なかなか面白い話である。

ただその説明の最後の方で、「郵政省にこの『JIS漢字字典』の 購入を勧めてはどうだろうかとおもった」とある。これは編集に 協力したものとしては嬉しいが、この字典の地名はあくまで読みを 網羅したものであって、地名をすべて網羅しているわけではない。 この点には注意する必要がある。『JIS漢字字典』を推薦する 理由をもう少し書かないとこじつけととられてしまう。

幽霊文字の理解

森島良尚さんは、笹原宏之さんの 「辞書や文字表の類に載せてあるが、典拠がみつからず、かつ実際に 使用された証拠もなく、現実に存在しないような漢字式の字形や字体」と いう定義を引いて、次のように述べる。

……という笹原宏之氏の定義があるが、実際には用例のない文字を 一般の辞書にのせてあるとのことだが、なぜ載せているのだろうか。

「実際に用例のない」というのは笹原さんの定義では「実際に使用された 証拠もなく」とあり、実際に具体的な文脈の中で使われたことがないこと を指摘している。「一般の辞書にのせてある」というのは、笹原さんの定義では 「辞書や文字表の類いに載せてあるが、典拠が見つからず」とあり、 JIS漢字にあり(これは文字表ですね)、JIS漢字を登載した漢和辞典にもあるが、 典拠が示されていない字のことをいっている。 JIS幽霊文字の研究に関しては笹原宏之さんに絶大な功績があり、 幽霊文字の定義も彼のものを素直に受け取るべきものであろう。

JIS外字の調査

JIS外字だけに具体的な漢字を表示しがたいので ここは調査者の名前と、調査文献を挙げて、簡単な コメントをするにとどめる。

岡村暁子さん 『古事記・祝詞』(岩波古典文学大系)
『古事記・祝詞』を対象として、普段あまり めにしない漢字を抜き出して『JIS漢字字典』と照合しながら分類。 結果は(1)JISに載っていないもの(71字)、(2)文字はあるが読みがあて はまらないもの(204字)、(3)別の字形で載っているもの(10字?)、 (4)その通り載っているもの(190字)。 (2)はここで問題にする意図が明確でないし、 (3)も分かりにくかった。しかし、『古事記』にJIS外字が 大量にあることを自分の手で確認した点は評価できる。
鎌倉知美さん 時枝誠記『国語学原論』他
完全に典拠未詳字とした例の中 の例の舊、瓣、潛、譬、衍、專、竟、跨はすべて典拠がはっきりしている字。
藤沢徳男さん 『北杜夫集』(新潮社、昭和43)
外字調査は用例、用例所在、漢和辞典の記述等、周到なもので評価できる。 また、 『日本人の作った漢字』(エツコ・オバタ・ライマン、1990年、南雲堂) を参照して、ライマン氏は「JISに載っていない地名国字26字」を示し 「26字をJISに加えるべきだ」と主張していることを紹介。これらは 人名・地名を重視する78JISの方針からしても、本来採録しても おかしくなかった例と認められる。
永井真澄さん 『日本姓氏大辞典 表記編』(角川書店、1985年、全825ページ)
この資料の600ページまでを調査し、133字のJIS外字を抽出。労作と評価。 ただし、漢和辞典等との対照作業もあればよりよくなったであろう。 こういう手間のかかることが最初から分かっている資料に挑戦するのは立派である。 今後もこうした、知的好奇心は大事にしてほしい。
熊野宏宣さん 『図書寮本類聚名義抄』(覆製本)
苦労は多かった模様だが、何故この文献を取り上げるのか、理解に苦しむ。 古写本そのものを取り上げていて、その意気は評価する。 古文献の解読は、専門家でも手こずる もので、この種の調査は説得力を持たせる説明が必要。 たとえば、一項目でも挙げて、これを翻刻するとこのようになり、さらに JISで表現できないのはこれだけある、という手続きですね。 この文献については、池田が見出し字索引を電子ファイルで作成済み。 こうした作業をするなら、せめてそれを参照してほしい。 参照のURLは http://member.nifty.ne.jp/shikeda/kojisho.htmlである。

JIS誤字

兼田啓子さんは「JIS誤字」を取り上げて削除すべきことを主張。 この意見は、授業を通じてかなり見られた。

この問題についてであるが、私としては何故 これらの文字を削除しないのかと思う。

保存すべき伝統文化というものは、伝わるべくして伝わったものや、 また、何かのきっかけで生まれてそれが後に価値というものができて 保存されるべきものと判断が下ったものであるのではないだろうか。 「妛(やまいちおんな)」のように、誤字ではないかとされるものに ついて、保存価値があるとは思えない。

78JIS以来現在までに蓄積されてきたJIS漢字の文字論的 研究は、非文化的なものなのか。JIS以前においても文字の是非を論 じることは学問の一部門であり、「▲は誤字」であることを 徹底的に論証した研究もやまほどあるが、それらも非文化的なのか。 つまりは規範的な立場に立てば、妛は非となるが、あくまで現代日本語 の記述に徹すれば、妛の存在も認めざるを得ないし、誤字の存在を認めて それらを記述するのも文化的な仕事である。徹底的な記述の上に立って はじめて規範ということがいえるのである。

「JIS漢字批判」を考える

堀田亮さん「JIS漢字批判にみられる文化保存主義の意味を考える」

堀田さんの立場は 「あらゆる文化の間には基本的には優劣はつけられない、そのような文化間 の差別をよくは思わないという立場にあり文化保存の側になる」とした上で 坂村健氏に代表される文化保存を是、効率重視を非とし、文字として認めら れるものはすべて表示するという意見を検討。

坂村氏の意見には何故文化を保存する必要があるのかという肝心な部分が 抜けていると思う。もっといえば文化の保存という考え方を絶対化して しまっているということが感じられるのである。

この増加ということも含む変化もすべて網羅しコード化するとなると 大変な作業になる、加えてこれでは文化保存というより現在の文化をこの ままの姿で凍結するということにはならないだろうか。私にはそれこそ、 これから新しく生まれる、あるいは生まれつつある文化活動に対する差別 になる恐れもあると思える。

今回、世の効率化を苦々しく思っている人間の一人として講義をうけさせて もらったがJIS側のとても効率的とはいえないような苦労や選定にたいする 主義等をしることができた。このような事実を知ってもまだ批判をしよう とするものがいるとすればそれは単なる懐古主義者以外の何者でもないのでは ないだろうか。

JIS批判に関して、 すべての文字をコード化しその上で新たな文化を生み出すことを 目指すというなら、話の流れは分かる。 あるいは新たな文化を生み出すにはすべての文字のコード化が 必要であるといってもいい。しかし、そうではなく、 学問や文学者の権威の維持のためというのでは納得できないのである。 JIS漢字は、制定から二十年を経過し、それによる 「文化」の蓄積も膨大になっているからである。 そうそう簡単に切り捨てられては困るのである。

船津大祐さん(「JIS漢字から文字の伝統へ」

平板な叙述で、講義のまとめに終始するが、最後に なかなかいいことをいっている。

現代の社会は映像文化が発展し、文字文化が消えかかっている時代である。 そんな時代にJIS漢字の諸問題を考える、ということは文字文化の伝統をまもる ことにつながるであろう。

この視点をどう展開するかがポイント。

文字文化が消えかかっている時代だからこそ文字コードが問題なのか、 文字も実は映像として見ている/見られている時代に入っているかもしれない。 すべての文字を扱うという発想があるが、これは文字と映像との区別が曖昧 なことを象徴的に示すのではないか。文字が映像(衣装)だとするとその 見栄えに極端にこだわるのは当然で、みんなが同じ服を着ているのでは ないからである。映像を衣装に広げてみるとその関係はおもしろそう。

松田実法さん「JIS漢字規格化への批判の考察と地名用例地点の撮影」

JIS漢字制定側の苦労を上手く表現している。

JIS漢字批判は、規格を制定し、字数を制限すれば「言語文化の破壊」 といわれ、許容範囲を広げれば「なんでもあり」と評される。

JIS漢字は大変なのである。

後半は地名字の調査だが、 スキー帰りに撮影したとおぼしいJR簗場駅の「簗」の写真を添えてくれた。

この他、志田大介さん「坂村健氏への反論」があった。

人名の漢字

郵便局での体験(2)

加藤美香さんは、郵便局のアルバイトで現在あまり使われていない 漢字に苦労したことを報告してくれた。

配達証明書(相手に郵便物を届けた際、差出人にそれを証明する 葉書を郵便局から出す。差出人の郵便物に書かれている通り、そ のまま書かなければいけない物)を1日に20枚程度書くのだが、 (中略)、現在、あまり使われていない字を次に挙げたいと思う。

とし、その 例として、齊、濱、國、廣、槇、惠、▲(崎の右上が立)、柊(旧字)、彦(旧字) 證、將を挙げる。さらに、

特に(1)番に関しては、私は配達証明書を書く前に何度か練習をしなければ ならないほど、難しく思えた。

(1)は、加藤さんのレポートでは 少し違った字形に書かれているが、 これは齊としてよいであろう。 いずれにしても、よく知られた旧字体であり、 こうした漢字を見慣れていないのが普通の時代に入っていることを強く感じる。 そして、 郵便物の宛先を正確に転記することの困難さは今後ますます強まるであろう。

琵安(びあん)ちゃん

小島美海さん「「名付け」に見る様々な問題点について」は、 人名の悪魔、緑夢について考察しているが、一般的な論の展開に 終始し、JIS漢字に言及するところがない。人名を論じるなら、 参考文献が多数あるであろうし、国語学的に論じるのかどうか によって論点が変わってこよう。子供の幸せという観点は もちろん重要だが、それだけだと国語学のレポートにはならない。

なお、琵安(びあん)ちゃんの名前の「び」の漢字が思い出せず、 「○安」と表記してあった。最初読んだときは、「○安」という 名前があるのかと思った。ちなみに、琵安ちゃんは大鶴義丹と マルシアのこどもで あると書いてあったので、インターネットのサーチエンジン で検索してみたところ(www.goo.ne.jp を使った)、 http://www.zakzak.co.jp/geino/n_October97/nws1390.html に情報があり、それによって名前の表記を確認した。 1997年10月16日誕生、両親とも28歳の由である。

私の家内にこの話をしたら、 琵安(びあん)は役所で受理されなかった名前じゃないのとの指摘を受けた。 確かに、小島さんも役所で受理されず変更を余儀なくされたとのことを述べていた。 「琵」はJISの第一水準にあるものの、常用漢字でもないし、人名漢字でもない。 インターネットから入手した情報は、役所でダメといわれる前の名前 、つまりマルシアと大鶴義丹が付けたかった名前のようである。

『JIS漢字字典』の批評

『JIS漢字字典』未掲載の人名・地名

加藤美香さんは、次の人名を挙げて報告。

石田(イシダ) 上中下(ナラシ) (私の母方の祖父、大正6年1月10日生れ)

ちなみに名前の由来は、「“上から下までならす”という意味で「ならし」と したらしい。しかし名付けた人は亡くなっているので確かな事は わからない」とのことである。

さらに、次の地名が『JIS漢字字典』に見えぬことを指摘。

徳島県“徒危(ボケ)”
奈良県“賀名生(アノウ)”
滋賀県“太神山”(タナガミヤマ)
新潟県“破間川”(アブルマガワ)
調査は、青柳壽郎他監修『現代地図帳』(二宮書房、1988年1月20日)による。

地名・人名に関してもれがあるのは編集協力者としても承知しているが、 なにぶん、 完全に信頼のおけるデータを入手することができなかったというのが 最大の理由。現段階のものとしては最大規模ということでお許しいただきたい。 むろん、今後補訂したいと考えている。

「捨て漢字」について

栗木隆志さん「「捨て漢字」と「かばん表記」について」は、『JIS漢字字典』 のコラム13「単位切り その2」で取り上げられた「捨て漢字」を考察。

「捨て漢字」とは「簡単に単位切りできるはずの表記が、別の漢字が 加わっているばかりにうまく切れないもの、つまり表記が過剰であ」る もので、「正秋(ただし)」「薊菜野(あざみの・山形)」がその例。 栗木さんは「大豆島」を「まめじま」と読む例を捨て漢字の例とする(大豆 島の用例は彼の自動車運転免許証のコピーを添付して示す)。 「捨て漢字」は「捨仮名」との連想で付けられた概念だが、捨仮名とは 「自分が意図したのと同じ語形を読み手に期待するために示す、漢字の 一部分の読みの仮名。〔語の終りに付ける場合が最も多く、初め・中が、 これに次ぐ。広義では送り仮名も含む〕」(『新明解国語辞典第四版』 (三省堂、一九八九年)のことで、語の初め・中に付く場合も捨仮名 に入るから、「捨て漢字」の例としてはその種の例も入れるべきかと 思う。「大豆島(まめじま)」「和泉(いずみ)」の「大」「和」は そうした例の指摘といえようか。ただ「和泉」は熟字訓と見るのが普通で 、このあたりはよく考える必要がある。

『JIS漢字字典』の人名データのチェックをしたときのことを 思い出してみると、「正秋(ただし)」のタイプの例を「捨て漢字」と考え、 「大豆(まめ)」のような例は熟字訓と扱っていた。「捨て漢字」の 意味を狭くとって、語の終わりに付く場合としていた。

規格票の難解さ

藤沢徳男さんは、

現実に「一点一画にこだわり、この世に存在する全ての文字を コード化すべき」「従来の日本の文字文化を保護するべきだ」という 主張が生まれるのは、規格の説明が分かりにくいことにも原因がある と思う。文字の選定規準や包摂規準といったものは、なじみのない人に とってはややこしいものだと思われる。

と述べる。 もっともな意見であるが、工業規格である以上、 そうとうな厳密さを要求されるものであり、そのあたりの兼ね合いは なかなか難しい。しかし、今回の『JIS漢字字典』の出版刊行により、 国民の知らないところでかってに文字の規格を決めているといった 的外れな批判はなくなり、多少とも建設的な内容の 批判が出ることを期待したい。

その他

井上理絵さんは、読売新聞の1998年1月12日に掲載された『 JIS漢字字典』の記事を報告。小林恭二、橋爪大三郎、廣瀬克哉の 三氏によるもの。この新聞記事よりも詳しい内容は、 ヨミネット のマルチ読書会議(1997年12月15日分)で知ることができる。 URLは http://www.yominet.or.jpである。

塩崎亜里寿さん「新旧分離字と新旧包摂字について」は、 橋本進吉「切符の切らない方」(『国語学研究法』1948年)等について 題目に挙げたテーマを調査。なぜこのテーマで橋本進吉の文章を調査する ことにしたのか、よくわからない。 単にJISの包摂規準を検討し直すという ことなら、そのようなタイトルがふさわしい。はしご高は、 (コードポイントを)区別して使うべきと主張するがその根拠が示されていない。

渡辺智加さんのものは、独自の調査がないけれど、 講義のまとめとしてはよくできている。 宮本剣太郎さんも講義のまとめ。 もう少し工夫をしましょうネ。

終わりに

正直いって 今後、文字コードの問題がどのように展開していくのか、予想が付かない。

しかし、できるかぎりJIS漢字の情報を集めてそれを国語学的に分析してみたいと 考えている。 私の入手した最新の情報は、私のWebページで公開している。 URLは http://member.nifty.ne.jp/shikeda/である。 電子メールはshikeda@Lit.Let.hokudai.ac.jp、郵政省メールは 〒060札幌市北区北10条西7丁目北海道大学文学部である。 その後の調査報告があれば連絡してほしい。

なお、この文章と同じ内容を上記のWebページで公開している。参照して もらえらば幸いである。


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