【注意】この文書は、「表外漢字字体表(案)」 (2000年9月29日、国語審議会)に対する私の意見書である。 その後、2000年12月8日に「表外漢字字体表」の答申が出されている。
2000年10月18日のJCS委員会、2000年10月21-22日の活字字体史研究会で発表し、若干の修正を加えた上で国語審議会に提出した。「表外漢字字体表」の答申が出た段階では、いまさらの感があるが、2000年10月の時点で私が何をしたかを記録する意味でここにおいておきたい。なお、「表外漢字字体表(案)」基礎データ(hyogai.txt)もある。


「表外漢字字体表(案)」寸見


池田 証寿(北海道大学)
2000年10月21-22日/活字字体史研究会

1 はじめに

2000年9月29日,第22期国語審議会から発表された 「表外漢字字体表(案)」 は,「法令,公用文書,新聞,雑誌,放送等,一般の社会生活において, 表外漢字を使用する場合の字体のよりどころ」を,「印刷文字」を対象 として示したものである。これは, 第21期国語審議会の審議経過報告「表外漢字字体表試案」(1998年6月, 以下「第21期試案」と略) に示された 「いわゆる康煕字典体」を「印刷標準字体」とする という基本方針を維持しつつ, 関係各方面から寄せられた意見を参照し,また調査方法の洗練を重ねるなどして, より信頼度の高い字体表の完成を目指したものということができる。 特に「表外漢字における字体の違いとデザインの違い」の見方」 の「4 表外漢字だけに適用されるデザイン差について」は, 「第21期試案」よりも詳細,かつ包括的なものであり,現実の文字使用に 即した,「ゆるやかな」 字体認識を示したものとして評価できるものである。

ところで, 「第21期試案」が採用した「使用頻度数調査」によって 対象漢字を設定する方法については,次の論考において 懸念が表明されていた。

豊島正之は「試案が頻度表を判断規準に用いた事には相当の合理性が あると信じるが,それと適用範囲との間には,尚若干の調整を要するようにも 思われる。」と,やや遠慮がちに述べ, 直井靖は「簡易慣用字体の選定において,頻度数調査(事実上, 選定の基準として用いているのは凸版調査のみ)の扱いから 生じる第一の問題として,固有名詞用例というノイズの混入を」詳細に指摘している。

今回の「表外漢字字体表(案)」では, こうした批判を克服しようとする努力が一応認められるが, 子細に検証するに, 完全に克服しているとはいえないというのが率直な意見である。

以下では,次の3点に分けて「表外漢字字体表(案)」の問題点 を述べる。

2 言語規範としての信頼性

2.1 「表外漢字字体表」に期待される規範性と現実

「法令,公用文書,新聞,雑誌,放送等,一般の社会生活において, 表外漢字を使用する場合の字体のよりどころ」とするという 「表外漢字字体表(案)」の「適用範囲」から明らかなように, この字体表は,言語規範を提示したものである。 「常用漢字表」と同程度の規範性が社会から期待される。

「表外漢字字体表」は,字体の規範(標準)を示す以上, 漢字字体はもちろん,それ以外の言語情報(音訓,デザイン差の注記) にも明らかな誤りはないのが前提となる。 しかし,今回の「表外漢字字体表(案)」を 通覧すると,明白な誤りや疑問例が散見する。

2.2 「表外漢字字体表(案)」の不審箇所

2.2.1 音訓・備考の不審箇所

不審箇所を箇条書きしよう。

  1. p.16 149 萱:音訓「カン」とあるは不審。『新字源』(角川書店,1994年11月改訂版初版),漢音ケン。「第21期試案」も「カン」。
  2. p.17 204 渠:備考に「*」脱。デザイン差4A-(1)に例示あり。
  3. p.19 325 篝:備考に「*」脱。デザイン差4A-(5)に例示あり。
  4. p.21 460 閏:備考に「*」脱か。デザイン差4A-(2)に類似。
  5. p.23 590 湊:備考に「*」脱か。デザイン差4Cの「呑」に類似。
  6. p.24 626 雫:音訓「ダ」。諸橋轍次『大漢和辞典』(大修館書店)の音は「ダ 義未詳。〔龍龕手鑑〕雫,奴寡切。」と説く。音訓「しずく」でよいのではないか。
  7. p.28 858 絣:音訓「ヘイ」不審。「ホウ」の誤。(『新字源』,漢音ホウ)。「第21期試案」も「ヘイ」。
  8. p.28 860 餅:備考に「3部首」脱。
  9. p.29 924 籾:備考に「*」脱か。デザイン差4Cの「靱」に類似。

「表外漢字字体表(案)」は言語規範を示すものである以上, 明らかな誤りと認められる例があることは許されない。 特に「渠」「篝」「絣」「餅」は 明白な誤りである。「答申」の段階では修正されることを期待する。

「絣」を「ヘイ」とする誤りは 「第21期試案」にあったものを踏襲したものである。 このことから分かるのは,国語審議会は,(この程度の単純な)誤り を修正する組織を用意していなかったということ, 報道した新聞社もそれに気付かなかったということである。 基本方針のみの議論で,具体的な事例についての検証が決定的に 欠けていたことを反省すべきである。

2.2.2 字体表の配列

次に,字体表の配列に,言語規範に見合うだけの 見識が認められないという点が指摘できる。 「字体表の見方」によれば「字種は字音によって五十音順に並べた。 同音の場合は,おおむね字画の少ないものを先にし, 字音のないものは字訓によった。また,字音は片仮名,字訓は 平仮名で示した。」とする。

同音・同画の場合についての言及はないが, 一般の索引類の場合, 同音・同画の例については,さらに部首順とするのが,普通であるから, そうした配列を期待してもよいだろう。しかし,実例について見るに, 方針らしきものはまったく認められない。 (JIS X 0208の区点番号順でもない。)

  1. p.14 4 挨 -- 5 埃:総画数・部首順なら「埃」「挨」の順。
  2. p.14 50 宛 -- 51 奄:総画数・部首順なら「奄(37大5画)」「宛(40宀5画)」の順。
  3. p.14 53 俺 -- 54 袁 -- 55 冤:総画数・部首順なら「俺(9人8画)」「冤(14冖8画)」「袁(145衣4画)」の順。
  4. p.14 56 焉 -- 57 婉 -- 58 淵:総画数・部首順なら「婉(38女8画)」「淵(85水8画)」「焉(86火7画)」の順。

ところで, 「常用漢字表」は「字種は字音によって五十音順に並べた。 同音の場合はおおむね字画の少ないものを先にした。字音を取り上げていない ものは字訓によった。」とある。 「表外漢字字体表(案)」はこれを踏襲したものである。

同音の多い「コウ」を例にその配列を 見ると,「口」「工」は同画(3画)で,部首順(30口,48工)。 「公」「孔」は同画(4画)で,部首順(12八,39子)。 「巧」「広」「甲」は同画(5画)で,部首順(48工,53广,102田)。 以下,検証を省略するが,同画の漢字については部首順に配列する方針 であったことがうかがえる。

「常用漢字表」の配列を踏襲するのであれば, 部首順であることを明記する必要はないが, 同音・同画の漢字は部首順に配列しておくのが穏当であろう。

2.2.3 「表外漢字における字体の違いとデザインの違い」の不審箇所

単純な誤りであるが, それだけに言語規範としての信頼性を著しく損ねている。

  1. p.34 1(2)の例「瞹」は「字体表」に見えない。おそらく「曖」を誤ったのであろう。
  2. p.38 4B(1)の例「磔」は「字体表」に見えない。 「磔」は「第21期試案」にあったものである。 おそらく「燐」「桝」等の例が入るのであろう。

2.3 検討対象字の選定方法についての疑問

2.3.1 検討対象字の条件

今回の「試案」の「付 表外漢字字体表に掲げた漢字(字体表漢字) の選定方法について」を一部引用すると次のとおりである。(注は略した。)

資料1=「第21期国語審議会経過報告「II表外漢字字体表試案」」(平成10年における検討対象漢字
資料2=『漢字出現頻度数調査(2)』(平成12年)の「凸版調査」における出現順位3227位(累積出現率99.669)までの表外漢字集合
資料3=『漢字出現頻度数調査(2)』(平成12年)の「読売調査」における出現順位2606位(累積出現率99.901)までの表外漢字集合

上記3資料において,

a 3資料に共通して出現する漢字
b 資料1,資料2のどちらかだけに出現する漢字
c 資料3だけに出現する漢字

を調べ,b cに属する漢字については,1字1字その漢字の造語力,使用範囲の広さ, 頻度数(『漢字出現頻度数調査』(平成9年)も併せ参照)等を検討して 対象漢字を選定した。これに,a を加えて検討対象漢字の範囲とした。

さらに,資料1に入っている「現行JIS規格の「6.6.4 過去の 規格との互換性を維持するための包摂規準」に掲げる29字」 及び「平成2年10月20日の法務省民事局長通達「氏又は名の 記載に用いる文字の取り扱いに関する通達等の整理について」の 「別表2」に掲げる140字」については,表外漢字字体表に おいても出現頻度数とは別の観点から,字体表漢字に加えることとした。 これは,表外漢字の字体を検討していく上で,欠かせない漢字であると 判断したためである。以上を字体表漢字としたが,資料2及び資料3における 調査対象による「ゆれ」を考慮し,「凸版調査」(平成12年)の 出現順位3502位(出現回数98回)までの表外漢字で,特に字体表漢字とすべき ものを補った。 (以下略)

a b c の条件を付けているが,これでは不十分である。 上記「3資料」での出現のパターンは次の表1に示すように 7種になるはずである。

表1 「3資料」での出現のパターン
  

資料1

資料2

資料3

a

×

×

×

b

×

×

b

×

×

c

×

×

イ・ウ・エが検討の対象として考慮されていないが,これで よいはずはない。

次に「付 印刷標準字体及び簡易慣用字体の認定基準」の「(2) 略字体・俗字体を簡易慣用字体と認定する条件」を見ると, 次の条件が示されている。

@ 『漢字出現頻度数調査(2)』(平成12年)の凸版調査における 出現順位4504位(累積出現率99.927)までの略字体・俗字体, 及び読売調査における出現順位3015位(累積出現率99.958)までの略字体・ 俗字体

A 「現行JIS規格の「「6.6.4 過去の 規格との互換性を維持するための包摂規準」に掲げる29字」 及び「平成2年10月20日の法務省民事局長通達「氏又は名の 記載に用いる文字の取り扱いに関する通達等の整理について」の 「別表2」に掲げる140字」の略字体・俗字体

B 上記@及びA以外のJIS第1水準内の略字体・俗字体

以上から,「出現順位」に関しては三つの基準 が用意されているとまとめることができる。 「出現頻度」を「資料2」(凸版調査)と「資料3」(読売調査)から補って示す。

[条件1] 「資料2」順位3227位(頻度143)以内。または「資料3」順位2606位(頻度55)以内。(基本条件)
[条件2] 「資料2」順位3228位(頻度142)〜3502位(頻度98)。(ゆれを配慮)
[条件3] 「資料2」順位3503位(頻度97)〜4504位(頻度27)。または「資料3」順位2607位(頻度54)〜3015位(頻度23)。(略字体・俗字体の検討のため)

2.3.2 検討対象字なのに「表外漢字字体表(案)」に見えない例

現時点で次の諸例は検討対象の範囲に入るはずの文字であることが確認できる。 しかるべき理由により削除されたものが多いようだが, 「董」「崔」の2字は対象字の条件を十分に満たしている。

以下に疑問例を列記する。配列は不統一であるが,お許し頂きたい。

  1. 董(38区01点)

    「資料1」の684番にあり, 「資料2」での出現順位は2564位である。 「資料3」での出現順位は2442位,出現頻度数79である。 a の条件に合致する。「資料2」での出現頻度数は442で,その内訳は 辞典類27,単行本257,月刊誌132,古典類26と「使用範囲の広さ」の点で問題がない。 「骨董品」の「董」であり,比較的よく使われるように思われる。

  2. 崔(54区35点)

    「資料1」の324番にあり, 「資料2」での出現順位は3012位である。 「資料3」での出現順位は2290位,出現頻度数117である。 十分 a の条件を満たしている。 「資料2」での出現頻度数は200で,その内訳は 辞典類7,単行本132,月刊誌46,古典類15である。 「使用範囲の広さ」の点でも問題にならない。固有名詞用例に偏るかと 予想されるが,類例も多く,対象外の処置は疑問である。

  3. 笏(67区84点)

    「資料1」の386番に見える。 「資料2」での出現順位は3754位,出現頻度数70である。 内訳は辞典類6,単行本10,月刊誌16,古典類38である。 「資料3」での出現順位は2404位,出現頻度数は87である。 エの条件に合致する。 「笏」(シャク・普通名詞)の他,支笏洞爺国立公園など, 固有名詞の例がある。国立公園の名称にも用いられており, 落とすに及ばないと,北海道民としては考える。

  4. 樟(30区32点)

    「資料1」の444番に見える。 「資料2」での出現順位は3314位,出現頻度数127である。 内訳は辞典類39,単行本57,月刊誌22,古典類9である。 「資料3」での出現順位は1831位,出現頻度数は533である。 エの条件に合致する。 「樟」(くすのき),「樟脳」など普通名詞として の他,「樟葉」「大阪樟蔭女子大学」など,固有名詞の例がある。 落とす積極的な理由は見あたらない。

  5. 狛(25区93点)

    「資料1」の724番に見える。 「資料2」での出現順位は3245位,出現頻度数139である。 内訳は辞典類35,単行本34,月刊誌32,古典類38である。 「資料3」での出現順位は2153位,出現頻度数は176である。 エの条件に合致する。限りなくa に近い例である。 「狛犬」(普通名詞)の他,「狛江市」という固有名詞の例がある。 落とす積極的な理由は見あたらない。

  6. 赫(19区50点)

    「資料1」に見えないが,「資料2」での出現順位は3523位, 「資料3」での出現順位は1886位(頻度460)である。c の条件に合致する。 「資料2」での出現頻度数は95で,その内訳は辞典類8,単行本46, 月刊誌33,古典類11である。「使用範囲の広さ」は問題ないだろう。 思いつく単語は「赫々」くらいで,造語力の点で落ちたのであろうか。 「資料3」の頻度の高さを配慮すれば検討対象字であろう。

  7. 罫(23区51点)

    「資料1」に見えない。「資料2」での出現順位は3720位, 出現頻度数73である。 しかし「資料3」での出現順位は1910位,出現頻度数は420であり,条件の c に合致する。 「資料2」出現頻度数の内訳は,辞典類17,単行本17,月刊誌35, 古典類4である。「罫」「罫紙」「罫線」など,造語力もあろう。 「印刷文字」についての字体表で「印刷」に深い 関わりの深い文字を落とさなくてもよいのではないか。

  8. 荏(17区33点)

    「資料1」に見えない。「資料2」での出現順位は3751位, 出現頻度数70である。内訳は辞典類24,単行本19,月刊誌21,古典類6である。 しかし「資料3」での出現順位は2081位,出現頻度数は218であり,c の条件に 合致する。固有名詞に偏るという判断であろうか。

  9. (なし)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は3707位,出現頻度数74である。内訳は 辞典類17,単行本37,月刊誌20,古典類0である。 しかし「資料3」での出現順位は2097位,出現頻度数は207であり, c の条件に合致する。

  10. 咋(26区80点)

    「資料1」の328番に見える。 「資料2」 での出現順位は3266位,出現頻度数135である。 内訳は辞典類52,単行本18,月刊誌6,古典類59である。 しかし「資料3」での出現順位は2135位,出現頻度数は188であり, エの条件に合致する。

  11. 宍(28区21点)

    「資料1」に見えない。「資料2」 での出現順位は3205位,出現頻度数146である。 内訳は辞典類66,単行本48,月刊誌26,古典類6である。 「資料3」での出現順位は2139位,出現頻度数は185である。 これはウの条件に合致する 「宍」は「肉」の略字体・俗字体と判断し, 「簡易慣用字体」の選定基準によって削除したと見られる。

  12. 旛(58区57点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は4697位,出現頻度数21である。%旙は7345位 内訳は辞典類16,単行本2,月刊誌3,古典類0である。 しかし「資料3」での出現順位は2310位,出現頻度数は111である。 c の条件に合致する。「印旛」という固有名詞に偏るという判断であろうか。

  13. 簗(68区44点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は4361位,出現頻度数31である。 内訳は辞典類15,単行本1,月刊誌12,古典類3である。 しかし「資料3」での出現順位は2351位,出現頻度数は100である。 c の条件に合致する。 「簗」は「梁」の略字体・俗字体と判断し, 「簡易慣用字体」の選定基準によって削除したと見られる。

  14. (なし)

    「資料1」「資料2」に見えない。 しかし「資料3」での出現順位は2358位,出現頻度数は97である。 c の条件に合致する。 固有名詞に偏るとの判断だろうが,慎重な検討が 必要だろう。

  15. 蘂(73区02点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は4105位,出現頻度数43である。 内訳は辞典類13,単行本2,月刊誌9,古典類19である。 しかし「資料3」での出現順位は2366位,出現頻度数は96である。 c の条件に合致する。 「蕊」との関係,固有名詞(北海道留辺蘂町)に偏ることなどによるのであろか。

  16. 鎬(79区14点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は4060位,出現頻度数46である。 内訳は辞典類6,単行本16,月刊誌24,古典類0である。 しかし「資料3」での出現順位は2412位,出現頻度数は85である。 c の条件に合致する。 これより条件の悪い「磋」は「資料2」出現順位4390位,「資料3」 出現順位2585位だが,採用されている。

  17. 鉉(78区75点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は4742位,出現頻度数20である。 内訳は辞典類2,単行本4,月刊誌13,古典類1である。 しかし「資料3」での出現順位は2437位,出現頻度数は80である。 c の条件に合致する。 「鉉(つる)」は「なべ・土瓶などの上に弓形に 渡した取っ手」(『新明解国語辞典 第四版』三省堂)だが, 現代の生活ではあまり使わないということだろうか。

  18. 枦(59区37点)

    「資料1」「資料2」に見えない。 しかし「資料3」での出現順位は2444位,出現頻度数は79である。 c の条件に合致する。 「櫨」との関係,固有名詞への偏りによる削除であろうか。

  19. 熏(63区77点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は5608位,出現頻度数8である。 内訳は辞典類0,単行本0,月刊誌8,古典類0である。 しかし「資料3」での出現順位は2448位,出現頻度数は78である。 c の条件に合致する。 「燻」は「資料2」で出現順位3516位,出現頻度96であり, これとの関係で落としたのだろう。

  20. (なし)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は6302位,出現頻度数4である。 内訳は辞典類1,単行本3,月刊誌0,古典類0である。 しかし「資料3」での出現順位は2458位,出現頻度数は74である。 c の条件に合致する。 固有名詞に偏るという判断であろう。

  21. 揖(45区12点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は3105位,出現頻度数171である。 内訳は辞典類125,単行本27,月刊誌7,古典類12である。 しかし「資料3」での出現順位は2463位,出現頻度数は74である。 ウ の条件に合致する。 「揖斐川」「揖保」など,固有名詞に偏るという判断だろう。

  22. 孜(27区58点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は3577位,出現頻度数87である。 内訳は辞典類27,単行本16,月刊誌43,古典類1である。 しかし「資料3」での出現順位は2470位,出現頻度数は72である。 c の条件に合致する。 固有名詞に偏ると判断したのであろう。

  23. 岱(34区50点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は3588位,出現頻度数8である。 内訳は辞典類9,単行本8,月刊誌12,古典類57である。 しかし「資料3」での出現順位は2471位,出現頻度数は72である。 c の条件に合致する。 「玉名郡岱明町」など, 固有名詞に偏ると判断したのであろう。

  24. 辜(77区67点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は4222位,出現頻度数36である。 内訳は辞典類4,単行本26,月刊誌4,古典類2である。 しかし「資料3」での出現順位は2489位,出現頻度数は70である。 c の条件に合致する。 「無辜」でしか使用せず,「造語力」の点で落ちたのだろう。

  25. 繚(69区71点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は5058位,出現頻度数14である。 内訳は辞典類4,単行本5,月刊誌1,古典類4である。 しかし「資料3」での出現順位は2499位,出現頻度数は68である。 c の条件に合致する。 「百花繚乱」でしか使用せず,「造語力」の点で落ちたのだろう。

  26. 瑜(64区81点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は2983位,出現頻度数211である。%新字体7207位 内訳は辞典類34,単行本77,月刊誌59,古典類41である。 「資料3」での出現順位は2506位,出現頻度数は67である。 ウの条件に合致する。 「瑜伽」の用例しかないという判断だろう。

  27. 盧(66区26点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は2359位,出現頻度数644である。 内訳は辞典類59,単行本124,月刊誌306,古典類155である。 「資料3」での出現順位は2516位,出現頻度数は66である。 ウの条件に合致する。 「盧」(人名)「盧溝橋」など, 固有名詞に偏るとの判断だろう。

  28. 蜷(73区80点)

    「資料1」の245番に見える。 「資料2」での出現順位は4652位,出現頻度数22である。 内訳は辞典類14,単行本4,月刊誌2,古典類2である。 「資料3」での出現順位は2523位,出現頻度数は65である。 エの条件に合致する。

  29. 偕(48区83点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は4220位,出現頻度数36である。 内訳は辞典類4,単行本9,月刊誌9,古典類14である。 しかし「資料3」での出現順位は2558位,出現頻度数は60である。 c の条件に合致する。 「偕楽園」「偕成社」など,固有名詞に偏ると判断したのだろう。 「偕老同穴」のような例もあるが。

  30. 鶉(83区08点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は3608位,出現頻度数84である。 内訳は辞典類19,単行本17,月刊誌7,古典類41である。 しかし「資料3」での出現順位は2570位,出現頻度数は59である。 c の条件に合致する。 「鶉」(うずら・普通名詞)の他に, 「鶉野」「東鶉」など,固有名詞としての用法もあるようだが, 落選している。

2.3.3 検討対象字でないのに「表外漢字字体表(案)」に見える例

疑問例は,現時点で次の10字を確認している。

  1. 竟(80区79点)

    「資料1」に見えない。 「資料2」での出現順位は8322位,出現頻度数は1である。 「資料3」での出現順位は4021位,出現頻度数は3である。

    条件のa b cはもちろん,それをゆるやかにした条件1,2,3にも合致しない。 検討対象字でないことになる。

    「資料2」の出現順位は索引によったが,本文を通覧すると, 出現順位3197位,出現頻度数148で見えていることが確認できた。 したがって,これはb の条件に合致する。

    以下は,漢字(区点),「資料2」での出現順位,「資料3」での出現順位を示す。 「資料1」にはいずれも見えない例である。

  2. 鎚(36区42点) 「資料2」()3855位,(鎚)5622位 「資料3」(鎚)2865位

    「資料2」は「しんにょう」の2種が出現するが,頻度を合計しても68である。 かろうじて条件3に合致する。

  3. 捏(57区52点) 「資料2」3438位 「資料3」3398位

    条件3に合致する。「」を配慮したのであろうが, 「資料2」にこの字体は見えない。

  4. 謔(75区66点) 「資料2」3377位 「資料3」3678位

    条件2に合致する。「」を配慮したのであろうが, 「資料2」にこの字体は見えない。

  5. 邁(78区18点) 「資料2」3409位 「資料3」()2952位

    条件2に合致する。 「1点しんにょう」の「」は「資料2」7929位に頻度1で見える。 「しんにょう」のゆれを配慮したものであろう。 ただ,「しんにょう」「しめすへん」「しょくへん」は 別に「3部首」として基準を立てている。

  6. 齟(83区82点) 「資料2」3424位 「資料3」3291位

    条件2に合致する。 「齒」「歯」のゆれを配慮したのであろう。 「」は「資料2」に出現しない。

  7. 齬(83区87点) 「資料2」3429位 「資料3」3292位

    条件2に合致する。「齒」「歯」のゆれを配慮したのであろう。 「」は「資料2」に出現しない。

  8. 瞰(66区55点) 「資料2」3316位 「資料3」2973位

    条件2に合致する。しかし, ゆれは特に問題にならないし,条件3の略字体・俗字体の点でも問題 にならない。あるいは「」との関係であろうか。

  9. 聊(70区56点) 「資料2」3250位 「資料3」3762位

    条件2に合致する。しかし,ゆれは問題にならないだろう。 「」を配慮したものであろうか。

  10. 頽(80区88点) 「資料2」3295位 「資料3」4524位

    条件2に合致する。 「頽」の出現頻度数を見ると, 「資料2」は127,「資料3」は1である。これと別に 「字体表」がデザイン差と認める例が「資料2」の5754位に見える。出現頻度は7である。ゆれを配慮したということであろう。

条件2(「資料2」順位3502位以上)はゆれを配慮したものである。 「第21期試案」にあり今回削除された「磔」は「資料2」順位3333位,頻度121であり, この条件2を根拠に残しておくことも可能だろう。 当落の決定の根拠はどこにあるのだろうか。

3 使用頻度に依拠することの危険性

3.1 対象とする表外漢字の選定方法の問題点

今回の「表外漢字字体表(案)」は 「前述の2回の漢字出現頻度数調査の結果から, 日常生活の中で目にする機会の比較的多い, 使用頻度の高い表外漢字を対象漢字として取り上げ」(前文2(1))ている。

しかし, もともと使用頻度の低い漢字を対象にして, 使用頻度数に依拠して対象漢字を限定していく 方法では, 有意な差を見つけることが困難ではないか。印刷会社のデフォルトの字体, 調査対象ジャンルによる影響,JIS漢字の影響をクリアーすることが難しい。

この問題点は,「第21期試案」に対する 豊島正之や直井靖のコメントで指摘されていたものである。 今回の「表外漢字字体表(案)」はこの問題点を完全に 克服しているとはいえない。

3.2 「印刷標準字体」の定義

「印刷標準字体」には「明治以来,活字字体において最も普通に用いられてきた 印刷文字字体であって,かつ,現在においても常用漢字の字体に準じた略字体 以上に頻度高く用いられている印刷文字字体」及び 「明治以来,活字字体として,康煕字典における正字体と同程度か,それ以上に 用いられてきた略字体や俗字体などで,現在も,康煕字典の正字体以上に 使用頻度が高いと判断される印刷文字字体」を位置づけている。

さらに「これらは康煕字典に掲げる字体そのものではないが, 康煕字典を典拠として作られてきた明治以来の活字字体(以下「いわゆる 康煕字典体」という。)につながるものである。」とする。

また,「表外漢字字体表に示されていない表外漢字の字体については, 基本的に印刷文字としては「いわゆる康煕字典体」によることを原則と考える。」 としている。

かなりまわりくどい定義になっているが,これは, 「第21期試案」の「いわゆる康煕字典体」の定義に見られた 曖昧さを解消しようと意図して,より厳密な定義を下そうとしたもので あろう。

仮に,この基本方針を是とするとして, 「いわゆる康煕字典体」として 疑義の存する例が若干存する。

3.3 澗(20区34点)

「字体表」の151番の「澗」を取り上げる。

『康煕字典』(内府本)は 旁の間の「日」を「月」に作る。『新字源』は「月」に作る。 『漢語林』は「月」に作る字体を見出しとし,「澗」を俗字と扱っている。

『明朝体活字字形一覧―1820年〜1946年―』(文化庁文化部国語課編,大蔵省印刷局,1999年)では「日」とするもの2種,「月」とするもの14種,「日」「月」両方あるもの2種であり,「月」が優勢である。

『字体・字形差一覧(漢字字体参考資料集)』(文化庁文化部国語課編,1997年) では「日」とするものが平成書体・凸版書体・朝日書体の3種,「月」とするものが 印刷局書体・石井書体・モトヤ書体・大日本書体・読売書体の5種であり,「月」が優勢である。

「第21期試案」の「本表」の No.197に掲出があり,印刷標準字体:(),簡易慣用字体:澗,問題点:その他,とする。括弧付きの漢字は「表の見方」で次のように説明されている。

印刷標準字体の欄に括弧を付けて掲げてあるものは, 漢字出現頻度数調査で極めて頻度の低かった康煕字典体及び 出現しなかった康煕字典体である。これらについては, 次期の検討によって,この表で簡易慣用字体の欄に掲げてある 字体を印刷標準字体と位置付けることもあり得る。

『漢字出現頻度数調査(漢字字体関係参考資料集)』(文化庁文化部国語課編,1997年)は索引がないので通覧によって調査してみる。

「凸版印刷」の結果を見ると,次のようになっている。

3175位百科事典 71文学全集 40雑誌 0文庫本 5名簿 0合計 115
6607位百科事典 0文学全集 0雑誌 1文庫本 0名簿 0合計 1

「第21期試案」では「凸版調査 において,頻度順位4500位(累積度数99.950)以内のものを基本として選定してある。」 とのことで,この基準から「澗」が検討対象となったと見られる。

「大日本印刷」は国語辞典,古語辞典,自然科学,文庫・単行本を対象とするが, 「澗」「」ともに見つけられなかった。

「共同印刷」の調査は百科事典,文学全集,雑誌,文庫本,名簿を対象とするが, 「澗」「」ともに見つけられなかった。

『漢字出現頻度数調査(2)(漢字字体関係参考資料集)』(文化庁文化部国語課編,2000年)の 「新凸版調査」第1部では,次のようになっている。順位と出現回数を示す。

3288位辞典類 1単行本 119月刊誌 9古典類 2合計 131
4806位辞典類 3単行本 9月刊誌 1古典類 6合計 19

「新凸版調査」第2部では次のようになっている。

澗 3067位 国語と国文学 8壮快 0月刊宝石 0法律時報 0合計 8
4474位国語と国文学 0壮快 0月刊宝石 1法律時報 0合計 1

確かに「澗」が優勢である。 しかし,凸版書体は「澗」がデフォルトであるから,その影響を受けていることを否定できない。

「読売新聞調査」では「澗」が3578位に出現頻度7で見え, 「」が3695位に出現頻度5で見える。 読売書体は「」がデフォルトのようだが, 出現頻度が低く,かつ,頻度差が僅差である。

今回の「表外漢字字体表(案)」 の「付 表外漢字字体表に掲げた漢字(字体表漢字)の選定方法について」 は先に引いたが, それによると「澗」はb「資料1,資料2 のどちらかだけに出現する漢字」に該当する例となる。 しかし,そもそも「資料1」の段階で 使用頻度が低かったものである。

使用頻度数によって対象漢字の範囲を限定することは必要としても, それは表外字の字体を決定する原則を確立するために,踏むべき手順の一つで しかない。

「澗」は使用頻度による方法がうまくいっていない例である。 「澗」の例に関して現実的な対処方法を述べれば, 検討対象字から除外するというのが適当であろう。

そもそも使用頻度数の調査は,基本的な文字や単語を調べるための 方法として存在するものであり,使用頻度の比較的低い文字や単語に 有意差を見出すためにも有効であるという証明はなされていない。 一見,言語学的な研究手法を用いているようであるが, こうした手法に大きく依存するのは極めて危険である。

以下,「澗」に関して調査したことを参考情報として記しておく。

「澗」の使用例を CD-ROM版『世界大百科事典第2版プロフェッショナル版』 (日立デジタル平凡社,1998年10月第2版1刷)で検索する と,「玉澗」(人名・中国),「高良澗」(地名・中国), 「貝取澗(かいとりま)」(地名・北海道),「御座の澗(ま)」 (地名・新潟県)などの他,漢詩の引用があり,「月」の「澗」で表示 される。(冊子版は未確認。) 現時点で閲覧できた冊子版は, 『世界大百科事典』(平凡社,1972年4月初版,1978年印刷,印刷:東京印書館) であるが,「澗」に作っている。

また,「玉澗」は『広辞苑第五版』(岩波書店,1998年)に掲出されるが, 「月」の「澗」である。印刷物では両方が使われているのが実態であろうが, どちらが優勢であるかを判定できるだけの材料を収集していない。

「間」を漢字字体の部分として持つ例をJIS X 0208:1997の範囲で探して 見ると, 「墹」(52区49点), 「嫺」(53区38点), 「澗」(20区34点), 「燗」(63区83点), 「簡」(20区42点), 「繝」(69区67点), 「間」(20区24点)の6字が該当する。 今回の検討対象字に入るのは「澗」だけである。「簡」と「間」は 常用漢字である。これら以外の4字について 「新凸版」第1部の調査を調べると次の結果となった。

  1. 「墹」(52区49点):なし。(ちなみに,これは国字である。)
  2. 「嫺」(53区38点):「日」0,「月」1。
  3. 「燗」(63区83点):「日」44,「月」82。
  4. 「繝」(69区67点):「日」4,「月」2。

「燗」は比較的出現頻度数が多い。横山詔一他『新聞電子メディアの漢字 ---朝日新聞CD-ROMによる漢字頻度表---』(三省堂,1998年)では, 「澗」頻度2に対して,「燗」頻度8となっていて,「澗」より頻度が高い。 朝日新聞14年分(1985〜98年)のCD-ROMに基づく頻度表 (『NTTデータベースシリーズ 日本語の語彙特性 第7巻 頻度』三省堂,2000年)を見ても同様の傾向であり,使用頻度は「澗」31に対し「燗」127となっている。

3.4 埒(52区31点)と埓(52区32点)

今回の「表外漢字字体表(案)」では,「埒」が「印刷標準字体」と判定された。

「ラチ(埒・埓)」の表記を一般の国語辞典で調べてみると次のような結果であった。

時間の関係で詳しく調査できていないが, この範囲でも,『日本国語大辞典』あたりから「埒」とするようになったことが 推測できる。

諸橋轍次著『大漢和辞典』(大修館書店,1955〜1958年)は「埒」と「埓」とを 続けて立項し, 「埓」の説明で『正字通』を引き「埒,俗作埓,非」とする。 (「埓」を俗字とする漢和辞典は『大漢和辞典』以前にもある。)

この記述は 『康煕字典』に基づくものだが,その内府本を見るに,見出しは 「」であり,『正字通』の「俗作埓非」の「埓」は「」() に作っている。

『大漢和辞典』の諸橋轍次は『日本国語大辞典』の編集顧問であり, 『日本国語大辞典』はその記述に基づき「埒」としたものであろう。

かつて,大型の国語辞典といえば上田万年・松井簡治著 『大日本国語辞典』が定番であったが, 『日本国語大辞典』の出現により,これが定番となる。その記述を受け, 中型・小型の国語辞典も「埒」と表記するようになったと推定できる。

『明朝体活字字形一覧―1820年〜1946年―』では17種が「埓」に作り,2種が 「」に作る。

つまり,ここ20年くらいの間に,「埓」から「埒」への移行がなされたのであり, 「明治以来,活字字体として最も普通に用いられてきた印刷文字字体であ」るとは 到底いえない。

『新聞電子メディアの漢字 ---朝日新聞CD-ROMによる漢字頻度表---』(三省堂,1998年)では, 「埓」頻度4に対して,「埒」頻度0となっていて,「埓」は「埒」より頻度が高い。 『NTTデータベースシリーズ 日本語の語彙特性 第7巻 頻度』 を見ても同様の傾向で使用頻度は「埓」58に対し「埒」1となっている。

「埓」と「埒」とはJIS X 0208:1997で別の区点位置に符号化されるので 「埒」を「印刷標準字体」と認定しても(情報交換の上で)実害は発生しない。 問題は,今回の試案の方法では「埒」を「印刷標準字体」と認定する学問的根拠が 与えられないということである。

3.5 簡易慣用字体

使用頻度の高い略字体について, 「簡易慣用字体」としてその使用を認めるとしている。

使用頻度に依存した判定方法には若干の疑念を抱いているが, 詳しく検討していないので,使用頻度に関わるコメントは差し控える。

ただ,「簡易慣用字体」として認めないとしても,そのことから, 「涜」等に与えられた区点位置を変更したり廃止したりする必要は まったくないと考える。 互換性を配慮し,「妛」「彁」等に近い扱いとすべきである。

なお,前述した「澗」に関連して触れると,これは「付 印刷標準字体及び 簡易慣用字体の認定基準」の(2)「略字体・俗字体を簡易慣用字体と認定する条件」 によって「日」を部分字体に持つ「澗」が「印刷標準字体」 と決定されたようである。しかし, 「澗」は,そもそも 対象とする漢字の選定の段階で削除すべきものであったと考えるので, 「略字体・俗字体を簡易慣用字体と認定する条件」を細かに見ることはしない。

4 「表外漢字字体表(案)」に見えない表外字の扱い

4.1 その字体を決定することの困難性

「表外漢字字体表」に見えない 表外漢字は,「いわゆる康煕字典体」による,とされている。 (前文2(2))。 この方針はJISとして決定的な困難に立ち向かわなければならないことを 意味する。

すなわち, 「いわゆる康煕字典体」が 決定できないケースが少なからず存するからである。 その場合に,言語規範としての「印刷標準字体」 を決定するプロセスが明示されていない。

以下,「いわゆる康煕字典体」を決定するのが困難な例を若干示そう。

4.2 厖(50区45点)

「厖大」の「厖」である。「規模が大きい様子」 (『新明解国語辞典第四版』三省堂)を意味する。 「膨大」は「ふくれ上がりはれる様子」(同前)を意味する。 「厖大」は「膨大」と区別されていたが, 現在では常用漢字を用いて「膨大」と代用される。

「厖」はJIS X 0208で区点位置が与えられており,また実際の使用例も 存するが, 「いわゆる康煕字典体」にゆれが認められる。

『康煕字典』(内府本)は「」に作る。

『明朝体活字字形一覧―1820年〜1946年―』を検すると, 出現する12例のすべてが,『康煕字典』と同じ字体に作っている。

次に,『字体・字形差一覧(漢字字体参考資料集)』を検すると, 『康煕字典』と同様の字体に作るものが,印刷局書体・大日本書体・朝日書体の4種である。残る平成書体・石井書体・モトヤ書体・凸版書体の4種は,「尤」の「一」が 「彡」の上にかぶらないように作っている。つまり「厂」の下を 「尨」に作るのが4種, 「」に作るのが4種である。

今回の「表外漢字字体表(案)」の示す「表外漢字における字体の違いと デザインの違い」を参照して類例を探してみると 「4 表外漢字にだけ適用される デザイン差について」の「C 特定の字種に適用されるもの(個別デザイン差)」に 掲げる「荊・」「・臈」に類似している。 「表外漢字字体表(案)」の規定する字体差・デザイン差からすると, デザイン差の範囲と見るのがおそらく妥当と考えるが, それを何らかの方法で明示しなければならないだろう。

4.3 抛(57区38点)

「抛棄」の「抛」である。現在では常用漢字を用いて「放棄」と書く。 「厖大」「膨大」に類似したケースである。

『康煕字典』(内府本)では「」 ()に作る。

『明朝体活字字形一覧―1820年〜1946年―』を検すると, 『康煕字典』と同じ「」に作るのが14種(微妙な例も含む), 「抛」に作るのが9種である。相違点は「九」か「尢」かである。 「尢」がやや優勢というところである。

次に,『字体・字形差一覧(漢字字体参考資料集)』を検すると, 『康煕字典』と同じく「」に作るのが凸版書体・大日本書体の2種である。 残る平成書体・石井書体・モトヤ書体・凸版書体・読売書体・朝日書体の6種 は「抛」に作る。「九」がやや優勢になっている。

これは, 今回の「表外漢字字体表(案)」の示す「表外漢字における字体の違いと デザインの違い」のどれに該当するであろうか。判断は難しい。 該当するとしても4Cの「個別デザイン差」であろう。その場合, 「個別デザイン差」であることを何らかの方法で明示しなければならない。

一方, 「九」「尢」の差は大きいと見て,「字体の違い」とすれば,どちらかの 字体に決定しなければならない。しかし,JISとして, 明確な根拠を提示できるであろうか。提示できるとしても 言語規範の領域に立ち入るには慎重な配慮が必要であろう。

今回の「表外漢字字体表(案)」では, 「個別デザイン差」を決定する方法が明示されていない。それは当然で, 方法が明示できないが故に「個別」とされるのである。 したがって,「表外漢字字体表」に見えない表外字の字体を決定して行くことには, 相当の困難があるといわなければならない。

このことは,今回の「表外漢字字体表(案)」が使用頻度数に大きく依存する選定方法 を用いていることからもたらされる問題である。 そうした方法をとらず,少なくともJIS X 0208:1997の範囲にある漢字すべてについて, 字体差とデザイン差(特に個別デザイン差)とを判定すべきであったと考える。

思いつく例を少々挙げれば, 卻(50-42), 簒(50-53), 堙(52-37), 孳(53-58), 枴(59-42), 梟(59-70), 楞(60-33), 湮(62-48), 煢(63-73), 甄(65-11), 繦(69-58), 蟒(74-29), 釁(78-55)などである。これらは, 今回の「試案」の字体差と(個別)デザイン差との区別では明確に 処理しきれないのである。

規範を網羅的に提示して済ますだけでなく, 現実の文字使用の実態や過去の電子データ資産の維持を配慮した, 柔軟で,ゆるやかな字体認識を期待する。

5 終わりに

「表外漢字字体表(案)」は関係者の多大な努力によってまとめられた試案 であり,その努力には深い敬意を表明するものである。 しかし,「表外漢字字体表」の影響力は甚大なものがあると予想され, それに見合う完成度に達しているかどうかという点に関しては 本稿に述べたとおり疑問といわざるをえない。


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